翡翠輝子の招福日記

本業は女性誌の原稿書き(主に東洋占術と開運記事)。副業で外国人に日本語を教えています。フィンランドが大好き。

日常生活にこそ聖地を

石垣島から帰って読んだ本。

聖地の想像力―なぜ人は聖地をめざすのか (集英社新書)

聖地の想像力―なぜ人は聖地をめざすのか (集英社新書)

聖地の条件は以下の通りです

01 聖地はわずか1センチたりとも場所を移動しない。
02 聖地はきわめてシンプルな石組みをメルクマークとする。
03 聖地は「この世に存在しない場所」である。
04 聖地は光の記憶をたどる場所である。
05 聖地は「もうひとつのネットワーク」を形成する。

この本に紹介されているサンティアゴ・デ・コンポステラ、フランスのル・ピュイ、エルサレム天河神社など世界有数の聖地にはこの条件があてはまるのでしょうが、それらは巡礼先となる非日常の聖地です。

石垣島で街中にある御獄を訪れて感じたことは、非日常だけでなく日常的な聖地もあるということ。

「聖地の想像力」で紹介されているカルロス・カスタネダの「呪術師と私」の記述は、日常の聖地に触れたものだと思います。
この本はちょうど再読したところです。

「この道には心があるか?」
http://d.hatena.ne.jp/bob0524/20121216/1355613596

カスタネダの師ドンファンは、まず「場所」(Sittio)を見つけよと命じます。
その場所とは、「人が自然に幸福になり力強く感じる所」。
カスタネダは問題の意味がわからず、ヒントを尋ねると「その場所を見つけるまでベランダを歩き回ってみろ」とほのめかされます。
この問題が解けなければ、教えることは何もないから帰ったほうがいいだろうとまで言われ、カスタネダはベランダを歩き回っては座り込み、違いを感じます。延々6時間も!

ついに目を使うことにカスタネダは気づきます。
あらゆる細かい点を見るようにすると、まわりの暗さが変化し、黄緑色にあざやかに染まってきた一点を注視すると、黄緑色は強烈な紫色に変わりました。

ドンファンによると、自分の場所に座るだけですぐれた力が湧き、正反対の悪い場所は人を弱らせ、死にさえ至らされるそうです。

この箇所を読んだとき、真っ先に思い浮かべたのが八宅風水です。
八宅風水では、生まれ年と性別で吉方位と凶方位が割り出されます。
生気、延年、天医、伏位の吉方位に対し、凶方位は絶命、五鬼、六殺、禍害というまがまがしい名前がついています。
絶命方位に寝室があると、殺伐とした心になり怪我や災いを引き起こし、五鬼方位の寝室はお金をなくし、火事や盗難に遭うことも。
もちろん絶命や五鬼の方位で仕事をすることも、大きく運気をさげます。

八宅風水は方位を見ますが、方位と関係なく乱れた環境は運気も乱します。
仕事のスペースや寝室にガラクタが散乱していると、エネルギーが失われおざなりな人生を送ることになります。

友人の風水師・優春翠は住宅だけでなく店舗の風水鑑定も行っています。
風水調整により店内の「気」を整えて、売上を伸ばすわけですが、それまで流行っていた店に久しぶりに行ってみると「どうしちゃったの?」と思うぐらい、よどんだ雰囲気がただよっていることもあるそうです。オーナーが独断で売り場や客席の配置を変えたため、「気」の流れが滞って客足が鈍り、売上も落ちているのです。

植島氏の定義によれば「聖地はわずか1センチたりとも場所を移動しない」ですが、日常生活を営む地は、同じ場所であっても、ちょっとしたことで常に変化を続けているのです。

旅に出て非日常の聖地を訪れるのも貴重な体験ですが、まず毎日の暮らしの環境を整えること。
睡眠や仕事の場所をすっきりと整えれば、確実に運気は上昇していくでしょう。
日常生活の場を聖地にできれば理想的です。