翡翠輝子の招福日記

本業は女性誌の原稿書き(主に東洋占術と開運記事)。副業で外国人に日本語を教えています。フィンランドが大好き。

ライター、占い師、そして新しいナリワイ

伊藤洋志氏の「ナリワイをつくる 人生を盗まれない働き方」(東京書籍)、一気に読了。

ナリワイをつくる:人生を盗まれない働き方

ナリワイをつくる:人生を盗まれない働き方

斜陽産業である出版業界のライターとして働く私にとっては、共感できる部分がたくさんありました。
占いを学び始めた頃は、あくまでもライターとして占い原稿を書くための勉強だったのですが、対面鑑定や占いコンテンツの監修、阿佐ヶ谷七夕祭りでの占いイベントなど、図らずも複数のナリワイを持つようになりました。

伊藤氏もフリーライターだったそうです。
「私はライターではまったく食えなかった」と書かれています。
「ナリワイをつくる」は、軽妙で読ませる文章なので、伊藤氏がライターで食べていけなかったというのは意外でした。

やはりライターという世界は厳しいのか? しかし雑誌を自分で読んでみて、どう考えてもそんなにいい文章でもない記事が多いのも事実。どうやら、生活できる高い原稿料が支給される仕事がある場所に行くには、せっせと人脈を構築して売り込みを掛けなければいけないらしく、押しも弱く人見知りがちな私にはそれができなかった。

私がライターとして食べてこれたのは、時代がよかったからです。
フリーランスとなった90年代は、東京に住んでいて、そこそこ文章が書けてフットワークが軽く、ある程度の社会常識があれば、編集部にもぐりこんで次々と仕事をもらうことはそうむずかしいことではなかったのです。
会社勤めはいやだけど、何らかの形で働きたいと思えばそれが可能になるいい時代でした。

景気が厳しくなり、日本の若者にとって、そんな自由な選択肢は少なくなってきているのでしょう。
だから何が何でも正社員にならなくては、と考える人が多いのですが、そういう価値観は高度経済成長期に作られたもので、会社勤めが一般的になったのは、ここ数十年のことだと伊藤氏は書いています。

そもそも、仕事はもっと多様性のあるものだった。季節ごとに生業は変わるし、色々な仕事があり、それを各自が組み合わせて生活を組み立てていた。それをわずか、40〜50年で変えてしまった。ここにも日本の働き方の矛盾の根源がある。

大正時代の調査によれば当時の職業が約3万5000種類もあったのに、現在の厚生労働省の「日本標準職業分類」によれば、いまや2167職種だけというから、いかに多様な種類の職業があったのを減らして絞り込んだかが分かる。成功した部分も多いが、いきなり多様性を激減させれば、矛盾も大きくなる。

ニートだフリーターだと問題視されているが、これは今の若者がだらしない、というのは不正確で、むしろ現代の生活に適応できる人は運が良かったという評価が適当だろうと思う。

こういう箇所を読むと、運に助けられて気楽に生きてきた私も、これからどうナリワイを組み合わせていくか考えなくては、という気になりました。

中でも参考になったのが、「モンゴル武者修行ツアー」。
伊藤氏が最初に自力でつくったナリワイです。
大学時代からボランティアでモンゴルに行っていた伊藤氏が、知り合いのモンゴル人の旅行者向けキャンプにお客さんが来なくて困っていたので手伝おうと思ったのが発端です。
遊牧民の生活を見習い、特訓するという、ツアーではなく現地集合もOKの、モンゴルでの遊牧ワークショップ。

このくだりを読んでいて、先日、似たような内容が話題に上ったことを思い出しました。

福岡の旅行会社で働く友人が上京して会ったとき。
伊藤氏も書いていますが、ツアーの手配業務というのは、もはや仕事としては成り立ちにくくなってきているそうです。個人がネットで飛行機や宿泊を予約する時代ですから。
低価格で勝負というツアーは、ホテルやお土産物屋さんからのキックバックを当てにしているので、ぐるぐると土産物屋を回るスケジュールが組まされたりします。
友人が考えているのは、現地集合で宿泊と観光やワークショップなどのイベントだけ手配するという旅行業。
それなら会社の規模は関係ないし、福岡の会社でも十分やっていけます。

そういえば、アラン・コーエンのマウイ島でのワークショップも現地集合・解散でした。
マイルを貯めている航空会社は人によって違うし、前泊や後泊でハワイに滞在するのも自由。とても参加しやすいツアーでした。

友人はスコットランドのフィンドホーンから戻ってきたばかりで、思考もグローバル。将来、私がフィンランドでおもしろいことを見つけたら、フィンランドで何かするのもいいね、なんて夢が広がりました。

そして、別の友人で、島根と関東を行ったり来たりする風水師がいます。
彼女によると、島根には出雲大社以外にも神話にまつわる場所が多く、現地の人しか知らないスポットもあるとか。
彼女は運転が得意なので、ミニバンでも借りて運転手兼ガイドとして「古事記開運ツアー」でもできないものかというのです。

「ナリワイをつくる」の帯には、こうあります。

「ビジネス」でも「ワーク」でも「趣味」でもない。
DIY・複業・お裾分けを駆使した「ナリワイ」で、現代社会を痛快に生きる。

ライターと占い師以外にも、探せば何かが見つかりそう。
楽しそうなことを組み合わせて、退屈とは無縁に生きていくのが理想です。

※写真は出雲大社の参道風景。友人に誘われ、この11月、再び島根に遊びに行くことにしました。