翡翠輝子の招福日記

本業は女性誌の原稿書き(主に東洋占術と開運記事)。副業で外国人に日本語を教えています。フィンランドが大好き。

誤訳にだって意味がある

アキ・カウリスマキ監督の「愛しのタチアナ」には、マッティ・ペロンパーとレニングラードカウボーイズ(現在は脱退)のマト・ヴァルトネンが主演。

仕立て屋のヴァルトと自動車整備工のレイノ、男二人のロードムービーですが、エストニアとロシア出身の女性二人組が加わり、即席のカップルができあがります。

セリフが少ないカウリスマキ映画の中にあって、登場人物はけっこうしゃべるのですが、ロマンチックとは程遠いムードで物語が進行します。
レストランのテーブルを4人で囲んでみたものの、会話はいっこうに弾みません。レイノが話をするのですが、まったくオチがなく、盛り上がっているのは本人だけ。ダンス音楽が流れても、男たちは席に座ったまま。しかたなく女二人で踊るしかありません。

それでもカウリスマキ・ワールドでは、恋が芽生えます。
故郷のエストニアに帰るタチアナ(カウリスマキ映画の看板女優、カティ・オウティネン)を追って、フェリーに乗る男二人。
レイノはフィンランドに帰らず、タチアナとともにエストニアで暮らすことにします。
そして衝撃の一言。

「作家になる」

!!!
あまりのシュールな展開に言葉を失いました。
恋は人間をここまで変えてしまうのか。およそ文学とはかけ離れたところで生きていたレイノが、タチアナに恋をすることで文学的野心に火がつき、作家を志すとは…。
一体、どのシーンでそんな伏線があったのか再び観てしまいました。

しかし、後日、アキ・カウリスマキに関する掲示板を読んでいたら、これがとんでもない誤訳であることが判明。
http://www.kanshin.jp/akibako/

レイノはフィンランドに戻るヴァルトに「俺、書くよ」、すなわち「手紙を書く」と言っているそうです(フィンランド語の直訳では「私は書く」)。
手紙と本では同じ書くのでもかなりの差があります。

私は英語が専門ではありませんが、フードビジネスの月刊誌にアメリカの外食トレンドに関する翻訳記事を連載しています。誤訳に対する恐怖は常に持っているので、この話は身につまされます。

そして、占い師という職業は、天の言葉を地に伝えるという点で、通訳や翻訳業に近いとも思っています。
http://d.hatena.ne.jp/bob0524/20120527/1338046113

西洋占星術の世界では「ダイアナ妃の2枚のチャート」というエピソードがあります。
ダイアナ妃の出生時刻には二つの説があり、どちらのチャートも彼女の人生を実にうまく説明できるそうです。
占い師の間では、間違った出生時間のホロスコープを使って占ったら、そっちのほうが当たってしまった、ということがよくあるそうです。お客様にはあまり言えないことですが。(鏡リュウジ「占いはなぜ当たるのですか」より)

あいまいな出生時刻しか公にされていなかったり、うっかり者の占い師が間違えてしまうことまで占いの神様は見通しているのかもしれません。

「手紙を書く」を「作家になる」と訳してしまうのは、たしかに誤訳ですが、それによって何かのインスパイアを得たり、この映画を深く味わう人がいたなら、それはそれで何かの意味があったのではないでしょうか。
少なくとも私にとっては「作家になる」のインパクトで忘れられない映画となりました。