翡翠輝子の招福日記

本業は女性誌の原稿書き(主に東洋占術と開運記事)。副業で外国人に日本語を教えています。フィンランドが大好き。

長い人生を退屈しないで生きるには

運勢に「アイドル運」とか「追っかけ運」というものがあるのなら、このジャンルでは天に見放されていると思っていました。

韓流とかジャニーズ、AKB48。
世間にどう思われようと、夢中になる対象がある人は、退屈することなんてないでしょう。
そんな暇がないほど勉強や仕事、子育てに打ち込んでいるのなら、けっこうなことです。退屈しないで生きるには、趣味とかアイドルが必要になる時期がやってきます。

私が過去に「この人を追っかけたい」とまで思ったのはザ・バンドのリック・ダンコ(カナダ人)。
映画「ラストワルツ」で一目惚れしました。
ザ・バンドはガース・ハドソン以外のメンバー4人がボーカルになるのですが、ベース担当のリックの歌が最もすばらしいと感じました。私は声に惚れるのです。

しかし、「ボブ・ディラン30周年記念コンサート」のビデオを見て驚愕。
信じられないほど太っていたのです。
ボブ・ディランの伝記「ダウン・ザ・ハイウェイ」によると、舞台が明るくなった時、リック・ダンコのあまりの肥満ぶりに観客からも驚きの声が上がるほどだったそうです。

その次に聞いたのは、12月の寒い朝、冷たくなって発見されたというニュースでした。長年のドラッグ濫用で心臓が弱っていたと伝えられています。

韓流スターに夢中になって韓国旅行に行ったり、韓国語を学ぶ人たちを横目に、スリムだった頃のリック・ダンコのDVDを見るだけの寂しい日々が続きました。

この夏、そんな状況が一変しました。
フィンランドの映画監督、アキ・カウリスマキの新作「ル・アーヴルの靴みがき」に触発され、一連の作品を見ているうちに「トータル・バラライカ・ショー」に遭遇。
ヨレ・マルヤランタに巡り会えたのです。

レニングラードカウボーイズは、全員が巨大リーゼントにサングラスですから顔立ちはわかりません。とにかく声が決定的でした。
そして、英語がとてもわかりやすい。非ネイティブスピーカーの英語の中でも、北欧人の歌詞は聞き取りやすいイメージがあります。ノルウェーのグループ、a-haの英語もとても心地よかったし、古くはスウェーデンのABBAもそうでした。
おそらく外国人にとってはテレサ・テンの歌う日本語はとてもわかりやすいのではないでしょうか。

私がこれまで一番英語を使ったのはアイルランドに滞在した時ですが、もともと饒舌なアイルランド人に強烈なアイリッシュ・アクセントで次々に話しかけられて困り果てたことがよくありました。ギネスを飲んで酔っ払って「細かいことは無視、大筋だけ通じればいい」と開き直るしかありませんでした。
ダブリンならまだよかったのですが、アイルランドの西部では、奇怪な言葉で話しかけられ、「ゲール語ケルト系言語)?」と戸惑ったことも。しかし、聞き返しているうちに実は英語であることが判明したこともあります。

その点、フィンランド人はとても明瞭な英語で話してくれるので、フィンランドの旅は快適でした。

タートルズの往年の名曲「ハッピー・トゥギャザー」をヨレ様が歌うとこの通り。見るたびにうっとりします。
ロシアン・レッド・アーミー・アンサンブルのトップ歌手?にもひけをとりません。

クリーデンス・クリアウォーター・リバイバル(CCR)の「プラウド・メアリー」を聞いたポール・マッカートニーが「なんて素晴らしい黒人グループなんだろう(CCRは白人グループ)」と思ったという逸話は有名ですが、ロシアン・レッド・アーミー・アンサンブルを従えてヨレ様が歌うバージョンも聴かせます。
この曲は相当の歌唱力がないと歌いこなせません。


トータル・バラライカ・ショーは1994年ですから、約20年前。
どうしてこう、私はいつも恐ろしく間が抜けていて、乗り遅れるのか。
リック・ダンコとは生まれる時期が大幅にずれていたため、ライブに行けなかったのはしかたがないとしても、ヨレ様なら、リアルタイムで知っていれば、来日コンサートもあったし、フィンランドまで追っかけができたのに。
職業人生は棒に振ったかもしれないけれど、それはそれでおもしろい人生だったろうに。

こんなに時間がたってしまって、リック・ダンコの二の舞になるのではないかと、恐る恐るネット検索。
名前はJore Marjarantaとわかったものの、最初はどう読むのかも不明。
映画「レニングラードカウボーイズ モーゼに会う」ではサングラスなしで出演しているので、ようやく素顔も確認できました。
レニングラードカウボーイズが現在も活動していると知って喜びましたが、ヨレ様は1996年に脱退していました。同じくレニグラのメンバーだったベン・グランフェルトバンドを結成、その後ソロ活動も始めています。

ありがたいことに、YouTubeでヨレ様の曲はあれこれ視聴できます。
トータル・バラライカ・ショーから20年近くが過ぎ、ヨレ様の人生も紆余曲折があったけれど、音楽活動を続けています。
勤続20年の銀行マンのような風貌になっていますが、声はあいかわらず素敵です(眼鏡をかけているのがヨレ様)。
ただ、フィンランド語なので、何を歌っているのかさっぱりわかりません。

こうして私にはフィンランド語を学ぶ楽しみがもたされました。
もちろん今から勉強を始めて、フィンランド語を使って何かをしようという野心はありません。
いつかフィンランドの地を訪れて、運がよければヨレ様のライブにも行けるかもしれない。その時、現地の人にフィンランド語で挨拶できたらどんなに楽しいでしょう。


中野のスオミキリスト教会のフィンランド語入門講座に今月から通っています。
最初の講座はフィンランド語のアルファベットの発音から始まりました。
「Jは英語のYの発音です」と教わり、Joreはジョレではなくヨレなんだと改めて納得しました。