翡翠輝子の招福日記

本業は女性誌の原稿書き(主に東洋占術と開運記事)。副業で外国人に日本語を教えています。フィンランドが大好き。

旅する文庫

「海外旅行したいけれど、飛行機が苦痛で」という人もいますが、私にとって機内は、集中して本を読める貴重な時間です。

読みたい本を読み、ウォークマンで好きな音楽を聴き、疲れたらビールを飲んで、うたた寝。仕事の電話は絶対にかかってきませんから、天国のような場所です。

旅の荷造りでは、洋服より本を選ぶことにエネルギーを注ぎます。
読み捨てできるエンターテイメント小説も入れますが、何度も再読する本も選びます。あわただしい毎日では、昔読んだ本を再び読もうとする気持ちにもなれませんが、機内ではじっくりと味わって読めます。

今回のシンガポール旅行に選んだのは夏なので、アン・リンドバーグの「海からの贈り物」。
これは薄くて軽量なので旅にはぴったりです。何度も一緒に旅しているので、表紙がボロボロになってきました。

アン・リンドバーグは、大西洋横断飛行に成功したリンドバーグ大佐の夫人であり、アン自身も女流飛行家です。長男が誘拐され殺害されるという悲劇を乗り越え、5人の子供の母親となります。49歳の夏、コネチカット州家族から離れ、フロリダ州キャプティバ島で過ごします。そのときに考えたことを綴った「海からの贈り物」はベストセラーとなりました。

読むたびに、心に染み入る箇所。

浜辺の生活で第一に覚えることは、不必要なものを捨てるということである。どれだけ少ないものでやって行けるかで、どれだけ多くでではない。それは先ず身の回りのことから始まって、不思議なことに、それが他のことにも拡がって行く。最初に着物で、勿論、浜辺で日光を浴びていれば着物の数は少なくてすむが、それは別としても着物をそう何枚も持っていなくてもいいことに、ここに来て急に気が付く。箪笥一杯ではなくて、鞄一つに入るだけあればいいのである。そしてこれはなんと有難いことだろうか。直したり、繕ったりする面倒が省けて、そしてそれよりも助かるのは、何を着るかということで頭を悩まさずにすむことである。そして着物の面倒がなくなるのは、同時に、虚栄心を捨てることでもあることが解る。

リンドバーグ夫人 吉田健一訳「海からの贈り物」新潮文庫

この本を読むと、旅先でのショッピングに興味がなくなります。旅先だけでなく、普段の生活もできるだけ身軽にしたいので、シンガポールで買ったのは四柱推命の原書とラッフルズホテルのカレーパウダーぐらいです。

もう一冊、同じアンつながりで、アン・タイラーの小説「歳月のはしご」。
ボルティモアの40歳主婦ディーリアは、家族でデラウェアの海岸に借りたコテージに出かけます。姉やその子供たちも交えた総勢9名。静かに思索にふけることができたアン・リンドバーグとは違い、ディーリアはすべてがいやになり、水着にパーカーをひっかけた状態で失踪します。
といっても深刻なストーリーではなく、くすりと笑える箇所も随所にちりばめられています。
失踪先でディーリアは住むところと職を見つけ、徹底的に簡素な暮らしを始めます。でも、暮らしてみればそこでまた人間関係ができ、ある日、結婚式に出席することに。
最小限の洋服しか持っていないし、アクセサリーもありません。ディーリアは自分の装いが結婚式には地味すぎるのではないかと心配し、こんなふうに思います。

ボルティモアの家の宝石箱には、四連の真珠のチョーカーが入っていた。もちろん模造品だけど、このピンストライプにはぴったりのアクセサリーだ。
ボルティモアに残してきたものは、たとえあのまま家にとどまっていたとしても、どっちみち流行遅れになるか、壊れてしまうか、使いものにならなくなる――そうすっぱり割り切れるのは、いつのことだろう? いつになったら、今あるものだけがほんとうに自分のものなのだと思えるのだろう?

アン・タイラー 中野恵美子訳「歳月のはしご」文春文庫

開運するための断捨離で最も手っ取り早く効果が期待できるのは、衣類を整理することだといわれます。
アン・リンドバーグやディーリアが、日常生活を離れたことを強く意識するきっかけが洋服とアクセサリーというのも、象徴的です。


遊園地のように見えますが、フィンランド、セイナヨキの図書館の児童コーナーです。