翡翠輝子の招福日記

本業は女性誌の原稿書き(主に東洋占術と開運記事)。副業で外国人に日本語を教えています。フィンランドが大好き。

シンガポールの才媛が語る国家戦略

カウチサーフィンで出会ったシンガポールの才媛。
ガイドブックには載っていないシンガポール事情を知るには、格好の質問相手です。

才媛との会話を通して感じたのは、シンガポールが徹底的な統制国家であること。
国土の広さは淡路島と同じぐらい。人口は約500万人で、8割が中国系です。
これだけのサイズの国だと、政府の統制が隅々まで行渡ります。
「国土は小さいし、資源もない。シンガポールの財産は人材だけ」と才媛。国家の繁栄イコール国民の幸福という図式がインプットされ、厳しい規制も諾々と受け入れられます。

今のシンガポールの繁栄からは想像しにくいのですが、元は人口200人程度の小さな漁村です。トーマス・ラッフルズ卿が上陸し、イギリス植民地となりました。

独立国家となったのは1965年。初代首相リー・クアンユーは、通商都市を目指します。リー・クアンユーのアドバイザーには高名な風水師もいて、風水に基づいた国家の基礎が着々と築かれていきました。八角形の1ドルコインも風水的な意味がこめられていて、95年の経済危機を回避するためにデザインの一部が変更されたと、才媛は財布の中から1ドルコインを取り出して説明してくれました。

才媛の祖父母は中国・福建省出身。中国系三世です。
ビジネスセンスに秀でた福建省商人にとって、共産化した中国は窮屈でしかたがなかったのでしょう。
移民先の候補は、台湾、香港、シンガポール。台湾は中国と近すぎて、将来、中華民国政府がどう転ぶかわからない。香港は1997年に中国へ返還される。となると、シンガポールが最も安定した選択肢となります。共産国家で暮らすぐらいなら、政府の厳しい規制に従うことなどなんともありません。

そうした人々が集まってできたシンガポールは、治安もよく、才媛によれば夜半に女性が一人歩きしても大丈夫だそうです。ゴミのポイ捨ては厳禁で、美観を損ねるという理由でチューインガムも禁止されています。

シンガポールの街を歩くと、至るところで工事が行われ、新しいビルや観光施設が次々と誕生しています。
2010年にオープンしたマリーナ・ベイ・サンズは、ホテルにカジノ、ショッピング、レストランが揃った複合リゾート。ホテル3棟が屋上庭園とプールでつながっている独特のシルエットは、シンガポールの新たなランドマークとなりました。
「カジノのような反社会的な施設をシンガポールに作るのに反対する国民もいたけれど、このままではマカオに観光客を取られてしまうという危機感があったから、みんな納得したわけ」と才媛。
しかし、実際にオープンしたら、シンガポール国民でギャンブル依存症になる人も出て社会問題になっているのでは?
シンガポール人はカジノに入場するのに100ドル必要。最初から100ドル負けている状態で賭けを始めて、勝てるわけがない。だから私の知り合いであのカジノに行った人はいないし、私も行こうとは思わない」
大王製紙の御曹司のような大口顧客も現れ、シンガポールには膨大な外貨が流れ込みますが、国民の懐は痛んでいないわけです。

シンガポールでは、世界各国の料理と酒が味わえます。
金融業界で働く才媛は、ほとんど料理をせず、三食すべて外食とのこと。高級レストランから庶民派ホーカー(屋台が集まったフードコート)まで選択肢は多彩です。
「食材を買って料理するより安い。それに7時や8時まで仕事して、帰宅後に料理するなんて疲れるから」と才媛。ここまですっぱり割り切れるのがうらやましい。

数あるグルメスポットで、私が気に入ったのは、チャイムス。修道院を改築し、チャペルの周りにスペイン、ブラジル、オーストラリア、日本、中国と各国のレストランが並びます。
でも、元修道院に酒場が並ぶって、少々不謹慎ではないでしょうか?
修道院には政府がちゃんと移転先を用意するし、繁華街にはレストランがあったほうが、経済効果が高いでしょ?」と才媛。

考えてみれば、元は漁村で何もない場所に宣教師が修道院を建てたわけで、日本の古刹とは違います。
歴史の浅い国だからこそ、変化を繰り返し、変動する世界経済にフットワーク軽く対応できるシンガポール。すでに一人当たりGDP(国内総生産)は日本を抜き、アジアトップに躍り出ています。