翡翠輝子の招福日記

本業は女性誌の原稿書き(主に東洋占術と開運記事)。副業で外国人に日本語を教えています。フィンランドが大好き。

人類みな兄弟「トータル・バラライカ・ショー」

映画「ル・アーヴルの靴みがき」を観て以来、アキ・カウリスマキ熱が再燃。
「浮き雲」「過去のない男」のような人情ドラマもいいのですが、レニングラードカウボーイズも最高です。

30センチ近い巨大なリーゼントにサングラス。妖精が履くような先のとがったブーツ。彼らのいでたちから、最初は映画のためのコミックバンドかと思っていました。

まず「レニングラード・カウボーイズ・ゴー・アメリカ」で彼らの魅力に目覚めました。
続編の「レニングラードカウボーイズ モーゼに会う」は旧約聖書の知識が乏しいため、完全には楽しめなかったのですが、「トータル・バラライカ・ショー」で完全にノックアウトされました。

トータル・バラライカ・ショーは、1993年にヘルシンキで開催された歴史的コンサートです。

レニングラードカウボーイズと共演するのは、旧ソ連アレクサンドロ・レッドアーミー・アンサンブル総勢170名。会場のヘルシンキ元老院前の野外ステージに詰めかけた観衆は約7万人。オープニングは、フィンランドの国民的作曲家シベリウスの「フィンランディア」。ロシアの圧政に苦しむフィンランドの独立を願う抵抗歌です。当時のロシア政府はこの曲の演奏禁止令を出しました。

まさか、ロシアの楽団がヘルシンキでこの曲を演奏する日が来ようとは。聴衆のフィンランド国民は万感胸に迫るものがあったでしょう。
コンサートの2年前に旧ソ連が崩壊。東西の冷戦が終わりを告げ、東側の脅威から完全に解放されたのです。

何度も観たくなるのは、「ハッピー・トゥギャザー」。1967年のタートルズのヒット曲です。
レニングラードカウボーイズのボーカルと、レッドアーミー・アンサンブルの歌手が肩を組んで歌っているシーンは感動的です。
巨大リーゼントにサングラスの細身のおにいさん(ヨレ・マルヤランタ)と、ロシアの軍人然とした小太りのおじさん。主義主張、立場がどんなに違っても、人間同士なんだから歩み寄ることができるんじゃないか。寝る前にこのシーンを目にすると、とても平和な気持ちで眠りに就くことができます。

ボブ・ディラン「天国の扉」、ZZトップ「ギミ・オール・ユア・ラヴィン」など、ちょっと古めの名曲がこのコンサートにとても合います。ロックの合間に挟まれるのは、ロシア民謡の「ボルガの舟歌」や「ポーリュシュカ・ポーレ」。コサックダンスや宮廷舞踊もあります。

ソビエト連邦の解体により、存続の危機を意識したレッドアーミー・アンサンブルが、なりふりかまわず西側文化圏に歩み寄ったという意地悪な見方もできます。
でも、西側のロックをいかにも楽しそうに演奏するレッドアーミー・アンサンブルの楽団員を目にすると、この人たちは純粋に音楽を愛しているんだなとほほえましくなります。

ドキュメンタリー映画トータル・バラライカ・ショー」は、もちろんアキ・カウリスマキ監督の作品。
レニングラードカウボーイズは、カウリスマキ監督と出会う前は、スリーピー・スリーパーズというバンド名で活動していました。映画が話題になったので、バンド名をレニングラードカウボーイズに改名したそうです。
カウリスマキ監督が播いた種が、トータル・バラライカ・ショーという大きな花を咲かせたわけです。

さらに根元をたどれば、文学青年だった若き日のカウリスマキ監督が、小津安二郎監督の「東京物語」と出会ったことで、映画の世界に進みました。小津安二郎がいなければ、トータル・バラライカ・ショーもなかったかもしれません。

私がアキ・カウリスマキ監督を知ったきっかけは、週刊朝日に連載されていた「船橋洋一の世界ブリーフィング」というコラムです。
船橋氏は映画評論家ではなく、政治経済が専門です。「浮き雲」は、不況で職を失う夫婦を描いた映画ですが、制作当時の1990年代初頭、フィンランド経済は大きな打撃を受けて失業率が20%を超えました。そんな苦しい時代を、いかに尊厳を保って生きていくかが淡々と描かれた映画だと紹介されていました。

駆け出しのフリーランスのライターとして不安定な立場で働き始めたばかりの私は、ぜひ「浮き雲」を観るべきだと直感したのです。その直感が、レニングラードカウボーイズと私を結び付けてくれました。

人生を楽しくするコツは、こうしたつながりに敏感になること。
どんな本を読み、どの映画を観るか。昔は活字か友人からの情報しかヒントが得られなかったのですが、今はネット上の書評や映画評も活用できます。
新しい世界を広げたいと思いつつ、ここしばらくはトータル・バラライカ・ショーに毎晩、夢中になっています。


ヘルシンキ大聖堂。この前の元老院広場でトータル・バラライカ・ショーが開催されました。

ハッピー・トゥギャザー

ハッピー・トゥギャザー