翡翠輝子の招福日記

本業は女性誌の原稿書き(主に東洋占術と開運記事)。副業で外国人に日本語を教えています。フィンランドが大好き。

死者が目をさますとき

リヴォン・ヘルムが亡くなって、追悼の気持ちでザ・バンドのDVD「ラスト・ワルツ」を観ています。

先日、老人介護施設を訪れたら、美空ひばりのDVDを一人で食い入るように見つめているおばあさんがいましたが、私もボケてきたら「ラスト・ワルツ」ばかり繰り返しかける老女となることでしょう。

ザ・バンドの5人のメンバーのうち、生きているのは2人だけになってしまいました。
死者を思うとき、いつもメーテルリンクの「青い鳥」の一節が浮かびます。

ライターの仕事で、霊能者と呼ばれる人を何人か取材したことがあり、死後の世界について語ってもらったのですが、私にとっての死後のイメージは、幼い頃に読んだ「青い鳥」の第二幕・第三場「思い出の国」のままです。

チルチルとミチルが、亡くなったおじいさんとおばあさんに再会するシーン。

おばあさん わたしたちはいつでも、ここにいて、生きてる人たちがちょっとでも会いにきてくれるのを待ってるんだよ。でも、みんなほんのたまにしかきてくれないからね。お前たちが最後にきたのは、あれはいつだったかね? ああ、あれば万聖節のときだったね。あのときはお寺の鐘が鳴って……。
チルチル  万聖節のとき? ぼくたちあの日は出かけなかったよ。だって、ひどい風邪で寝ていたんだもの。
おばあさん でも、お前たちあの日わたしたちのことを思い出したろう?
チルチル  ええ。
おばあさん そらごらん。わたしたちのことを思い出してくれるだけでいいのだよ。そうすれば、いつでもわたしたちは目がさめて、お前たちに会うことができるのだよ。
<中略>
チルチル  おじいさんたちいつでも眠ってるの?
おじいさん そうだよ。随分よく眠るよ。そして生きてる人たちが思い出してくれて、目がさめるのを待ってるんだよ。生涯をおえて眠るということはよいことだよ。だが、ときどき目がさめるのもなかなか楽しみなものだがね。

(「青い鳥」メーテルリンク 堀口大學・訳 新潮文庫

鑑定の場で、時折、亡くなった方を占うことがあります。
近しい人の死から立ち直れないという相談。あるいは、ご主人と死別したお母さんと娘さんが一緒に鑑定を受けるときなど。

誕生日をお聞きして、四柱推命の命式を立て、故人がどんな方だったかを想像します。占い師である私が語る一方で、相談者の方が思い出話をなさいます。

開運アドバイスという占いではないけれど、これはこれで一つの意味があるのだと思います。
死者との間にかつては確かな関係性があったことを思い浮かべると、死者は長い眠りからさめ、残された者は、これからの人生を生きていくための糧を得るのです。