翡翠輝子の招福日記

本業は女性誌の原稿書き(主に東洋占術と開運記事)。副業で外国人に日本語を教えています。フィンランドが大好き。

神様のバナナ

これまでHP「翡翠の壺」でDIARYを書いていたのですが、「過去にさかのぼって読むのが大変」とおっしゃる方がいるので、並行してブログを始めることにしました。
2011年7月以前のDIARYはHPでお読みいただけます。
http://ny-mori.jp/hisuitubo/index.html

先月、アラン・コーエンのマウイ島でのワークショップに行ってきました。
そこで得た最大の教えをブログのスタートとします。


マウイ島でアランが「神様のバナナ」という話をしてくれました。

バリ島の高い丘の上にヒンズー教の寺院があり、そこには猿がたくさんいます。
寺院ではすばらしい儀式が執り行われます。人々は、バナナなど食べ物をお供えします。
儀式が終わると、猿がたくさん集まってきて、お供え物を食べ始めます。

儀式に参加した人が、司祭にこう言いました。
「いいんですか、せっかくのお供え物がすべて猿に食べられていますよ」
司祭はこう答えました。
「それが何か? 私たちは毎日、こうしています」

つまり、バナナを神様に捧げたら、後は神様が決めること。
猿にあげようがどうしようが、神様にお任せすればいいのです。お供えした時点で、バナナはあなたのものではなく、神様のものになったのですから。

多くの人は、そう考えることができなくて、苦しんでいます。
「あんなに愛していたのに、彼は離れてしまった」
「精一杯働いたのに、会社は私をリストラした」
「世話してやったのに、感謝されない」
恋愛、忠誠、親切。これらの行為は、なしとげた時点で、完結しているのです。後は神様のものなのですから、見返りを求めるべきではありません。


ラム・ダスの「ビー・ヒア・ナウ」では、カルマ・ヨガ(薪を割ったり、水を汲むなど日常生活でのヨガ)をこう定義しています。

Do what you do.
But dedicate the fruits of the work to Me.
何をやろうとも、その仕事の実りを私=神に捧げなさい。