翡翠輝子の招福日記

本業は女性誌の原稿書き(主に東洋占術と開運記事)。副業で外国人に日本語を教えていましたが、2019年3月で卒業。フィンランドが大好き。

狼なんかこわくない

3年続けた日本語教師の仕事にこの春、ピリオドを打つことにしました。

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やめると決めてからは、まるで洗脳が解けたような状態。この3年間、授業準備のために莫大なエネルギーを注いできたのが不思議でたまりません。しかも、夏休みも年末年始も休みませんでした。そのため、4週も有給が溜まっていました。

 

そこで思い出すのが、日本語教師になろうと思ったきっかけ。

海外と交流できて、420時間の講座さえ受ければ資格が得られるから。講座の案内には、世界中どこでも、年を取っても続けられるという夢のようなうたい文句もありました。

外国人旅行者をホストするカウチサーフィンをやっていたことで、日本語学校で学ぶフィンランド人学生のヘンリク君のホームステイを受け入れたことも、大きなきっかけでした。

 

そして最後に背中を押されたのが、天海玉紀先生のインナーチャイルドカードのセッション。

 
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日本語教師になっていいものか、という問いに対して最後に出たカードが、妖精のゴッドマザーでした。シンデレラを舞踏会に送り出した魔法使いです。

 

インナーチャイルドカードのセッションは、占いというよりも出たカードを元にクライアントが自由に物語を作っていきます。

 

私が作った妖精のゴッドマザーの物語。

ゴッドマザーは名付け親。多くの学生にとっては、日本語教師が初めてじっくりと向き合う日本人。私を通して日本のイメージの一端をつかみ、勉強を続けてほしい。学生にとって日本語のゴッドマザーになるのが目標。

 

実際に授業では、学生たちに漢字の名前を付けたり、一人一人の興味や個性に向き合って、日本語で表現できるように努めてきたつもりです。

その日のうちに学ばなければいけないことが決まっている通常の授業とは違い、私のクラスでは、のびのびと日本語のおもしろさに触れてほしい。

そう思ってやってきたつもりだけど、今、改めて考えてみると、魔法をかけられていたのは学生じゃなくて私自身。

かぼちゃの馬車に乗って、世界中からやってきた外国人と文化交流をして、ふと気が付くと時計が12時を回っていた。元の世界に戻らなきゃ…。

 

シンデレラ・ストーリーは終わり、新しい物語が必要です。

というわけで、先日、玉紀先生のセッションを受けてきました。

 

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2枚目に出たのが 左下の『不思議の国のアリスのメリーゴーラウンド』。

 

これからは同じところをぐるぐる回って楽しく過ごす。野心なんて持たない。目指すのは心穏やかなおばあさん。

玉紀先生は「不思議の国のアリスのカードは平穏無事ってわけでもなく、けっこう波乱万丈」みたいなことを口にされましたが、私は常に上を目指していく矢印のような生き方はもう卒業したい。メリーゴーラウンドのように「同じところをぐるぐる回る」という生き方をしてみたい。

 

しかし、しかし、3枚目のカードは「ビッグ・バッド・ウルフ」。大きな悪い狼。

玉紀先生は大笑いしていました。

結局、死ぬまで野心を手放すことはできない。今はおとなしくしようとしているけれど、そのうち性懲りもなく何かに手を出すんじゃないか。

 

自分の業の深さと対面することになってしまったわけですが、まあいいか。「狼なんかこわくない」とつぶやきながら家に帰りました。

 

3週間のホームレス

築20年のマンションをリフォームすることにしました。

  

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近所のリフォーム会社で最初の打ち合わせをしたのが去年の10月。

気候が良くなってからのほうがいいかと、3月の工事をお願いしました。

まだまだ先のことだと思っていたのに、もう来週に迫っています。

 

間取りを変更して、壁や天井の張替えもあり工期は3週間。その期間は自宅に住めません。

リフォーム会社からは近所のウィークリーマンションを紹介されたのですが、一見、安そうでいて保証金や管理費、清掃代を加えるとかなりの金額になります。しかもワンルームですから、夫婦二人にはかなりきつそう。3週間の仮住まいとはいえ、窮屈な生活はしたくありません。

 

せっかく放浪生活ができるのに、近所にいるのもつまらないので、主に横浜方面のホテルを転々とすることにしました。

東京に比べると横浜のホテルのほうが割安ですし、去年の10月の時点では、日本語教師を続ける気だったので、渋谷の学校に通うのに横浜が便利だと思ったのです。日本語学校はすでに有給消化中。4年間、盆も正月もなく通い続けたので、有給がたっぷり残っていました。

 

玄関脇の4畳半(元は私の仕事部屋でしたが、カウチサーフィンやホームステイでゲストルームとして使ってきました)、キッチン、浴室には手を入れないので、そこに家中の物を押し込みます。果たして全部入るのか…。

 

「これが欲しい」と思ってお金を出して買った物のはずなのに、あまりの量の多さに頭がくらくらしてきます。

自分が持っている物をすべて確認することで、こんなにたくさん必要ないと実感できます。

 

一方、3週間分の生活に必要な品々をキャリーバッグに詰めていくうちに、このかばん一つでずっと過ごすようなシンプルライフを送ってみたいという気がしてきます。

 

本棚は仕事部屋にあるのでそのままにしてありますが、電子書籍があれば紙の本はもっと減らせるはず。それに洋服や食器だって、明らかに持ち過ぎです。

 

3週間、仕事もそんなにありません。週刊の連載は書き溜めしておくし、月刊の翻訳もそれほど量がないし。家もなく、仕事もなく、昼間は公園とか図書館で過ごすのでしょうか。

この体験を通して、老後に向けての片づけを加速させたいものです。

 

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先週の三浦海岸。河津桜が見ごろでした。

 

ペンギンの居場所

 早春の三浦半島へ行ってきました。

東京からは日帰りできる距離ですが、宿泊してゆっくり過ごすのが好きです。

今回はホテル京急油壷観潮荘に宿泊。「観潮荘」という名の通り、窓から海が見渡せます。昭和の香りがする古い宿ですが、それも一興です。

お風呂は温泉ではないけれど、海水を沸かした露天風呂では、海のミネラル分が体に入ってくるようで気持ちよくなります。もちろん露天風呂からも海が見えます。

 

観潮荘に泊まると、油壷マリンパークの入場券がもらえます。

開園50周年を迎える古い水族館で、目を引くような巨大展示物はありませんが、イルカとアシカのショーは工夫を凝らした内容だし、いつも楽しくなれる場所です。

 

 ペンギンの餌付け。 

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生のししゃもを与えています。

近寄ってきたのは子供の二匹だけ。大人のペンギンたちはうしろの屋根のある場所にじっとして動きません。

あとで餌がもらえるのがわかっているからわざわざ食べに来ないのと、繁殖期前のため、カップルで巣を守っているためだと説明されました。

 

油壷マリンパークにいるのは、イワトビペンギン。調べてみると、オスが小石を積み上げて簡単な巣を作る習性があり、多くの小石を集められるオスほどメスからモテるそうです。甲斐性のある男ってことでしょうか。そして、鳥の中ではカップルの絆が強いほうで6割近くが2年続けて同一のカップルとなるそうです。

 

巣といっても、二匹のペンギンが並んで立ったらいっぱいになりそうな狭いスペースです。

そして、守るって、いったい何から? ここは外敵のいない水族館なのに。

 

そう考えるのは、私が人間だから。当のペンギンたちは自分たちの置かれている状況を客観視できず、本能に従って行動しているだけでしょう。

 

巣を守るためにじっと立ち尽くしている大人のペンギンたちを見て、人間だって似たようなものだと思いました。

安心できる場所、自分が認められる場所、すなわち居場所がほしい。

その欲求を満たすために何十年も生きてきたような気がします。

学校では、そこそこの成績を取らないと居心地が悪いし、親もがっかりするから、好きでもない勉強もしました。

働き始めても、同じこと。役に立つ人材じゃないと居場所がないように感じていました。

神の視点から見ると、居場所を守るためにくだらない努力をしているだけかもしれません。

 

50代半ばを過ぎ、還暦まで2年を切りました。

60代になっても多少は働くでしょうが、これまでのように居場所を確保するためにがむしゃらに働くようなことはないと思います。

居場所のない生活とはどんなものになるのか、今のところは見当がつきません。もしかしたら新たな居場所を求めてさまようことになるかもしれませんが、とりあえずは自由に時間を使えることを楽しもうと思います。

 

過去を変える生き方

過去を変えることはできないけれど、過去の意味を変えることはできます。

 

単純な例だと、電車に乗り遅れるのは不運なことだけど、乗り遅れたから偶然、昔の知り合いに再会して、その人の紹介で恋人ができたとか。第一志望の大学に落ちて、しかたなく入った大学で生涯の目標を見つけたとか。

その後の展開によって、不運な過去が幸運に変わります。

 

そういうのはおめでたい考え方だと思っていました。

でも、実際にそう考えることを習慣にしている人がいるみたいです。

 

たとえば、フィンランド人のヘンリク君。

3年前の夏にホームステイで受け入れ、今年の3月に再来日。「育ちがいいとはこういうことなんだ」と痛感させられることばかりでした。

 

初めてのホストファミリーでおろおろ心配しているばかりの私は、よく彼から「It's not a big problem.(大した問題じゃないよ)!」と言われたものです。

 

彼は「日本留学を必ず成功させる」という強い意志を持っていました。

 

高温多湿で不快な7月の東京、朝夕のラッシュアワー、英語が通じない日本人、ひらがなをやっと覚えたら次はカタカナ、さらに漢字…。そうしたこともすべて含めて「日本での貴重な体験。フィンランドとはまったく違うよ」とにこにこしながら話していました。

 

留学終了に合わせて来日した両親とも会い、「不運を幸運に変える」のは彼の家の教育方針なんだと実感しました。

3年ぶりに再会し、過酷だった1年間の徴兵体験を話してもらいましたが、彼にとってはどんなことも、人生の糧になるのでしょう。

 

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さて、ヘンリク君の縁によって彼が学んだ学校で日本語教師となった私。

結局、疲れ果てて辞めることとなったのですが、この3年間に投じた莫大なエネルギーは無駄だったのか。

 

「血迷って、バカな決断をして消耗しただけだった」となるか、「あの3年間があるから今の幸せがある」となるかは、これからの生き方次第です。

 

一つ言えるのは、私は暴走老人(クレームばあさん)にならなくて済むんじゃないかという予感。

私の勤めていた学校で教師はサービス業であり、学生は顧客。よく「顧客満足」の研修を受けたものでした。

 

この3年間のサービス業の経験を、自分がサービスを受ける側になった時に活かしたいものです。

クレームを言いたくなっても、「もしかしたら経験が浅いのかも」「体調が悪いのかも」「無理やりシフトに入らされたのかも」と想像力を駆使してぐっとこらえる。クレームは、現場で働く人を何より消耗させますから。

 

そして、つらいことばかりではなく、楽しいこともたくさんありました。忘れがたい印象を残したすばらしい学生たち。日本にいながら世界中の若者と交流できたのは、最高の体験でした。

 

3年間の経験が無駄になるかならないかは、これからの生き方次第です。

  

アラン・コーエンもこう言っています。

あなたの幸せは過去に何が起こったのかではなく、今この瞬間に何をするかによって決まる。

   

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去年の5月に訪れた仙台近郊の秋保温泉。すばらしいサービスを受けた旅は、楽しい記憶として残ります。

アガサ・クリスティの理想の一日

3年間、教師として務めた日本語学校の休職を決めて、ゆとりのある生活が送れそうです。

 

思い出すのは、アガサ・クリスティの自伝に書かれていた若い頃の彼女の理想の一日。

 

アガサ・クリスティー自伝〈上〉 (ハヤカワ文庫―クリスティー文庫)

アガサ・クリスティー自伝〈上〉 (ハヤカワ文庫―クリスティー文庫)

 

 

朝、目を覚ます、はっきり目がさめる前にもう心の中でこういってる。

「さて、今日はどういうふうにするかな?」

選択の自由がある。目の前にある一日を思うように計画することができる。

私は、しなければならないこと(これを私たちは義務といっている)がたくさんないとはいわない。もちろんある。家の中にもなすべき仕事がある。写真入れの銀の額縁を磨く日、ストッキングを繕う日、「歴史上の大事件」を勉強する日、町へ出て小売り商の勘定をみんな支払う日。手紙や覚え書きを書くこと、体重を測ったり、運動すること。そして刺しゅう―でもこれはみんな私の考え通りに手はずをきめ、私の選択に任されていることである。

私は自分の一日を計画して、こういえる。

「今日の午後までストッキングはそのままにしておいて、今日は下町へ出かけ、別の道を通って帰る途中、あの木が花を咲かせているかどうか見てみましょう」

 

 ストッキングの繕いとか小売り商支払いとか、所帯じみてはいるのだけど、なんて豊かな一日だろうとうらやましくて記憶に残りました。

 

特に「すべては私の選択に任せられている」と言い切れるところ。

 

私にもこんな日が来るのだろうかとずっと思って、50代後半になってやっと手に入れられそうです。学校を出てからずっと働き詰めでしたから。

今の日本では65歳、下手したら70代も働かなければいけないような風潮ですから、あまり大きな声で言えませんが。

 

この時、クリスティはまだ独身ですが、こんな生活ができるのも、彼女がイギリスの上流階級に属していたから。クリスティの父は不労所得で安楽に暮らしていける身分で、働いていませんでした。

 

うちは子供を持たず、夫婦二馬力で働くという少子高齢化の日本を作った戦犯のような国民ですが、教育費の負担がない分、あくせく働かなくて済みます。

だから、日本語教師もやめたくなったらすぐやめられたわけですが、承認欲求が強くて、貧乏性の私が暇な毎日に耐えられるか不安です。

 

ホリエモンがこんなことを言っていました。

これからの世界で生き残れるのは、安定した仕事を与えられた人でも、お金持ちでもない。働かなくてもいい世界で、なおモチベーションを持ち、何らかの行動を起こせる人が生き残れるのだ。

 

クリスティのように、「あの木が花を咲かせているかどうか見てみる」だけで心が満たされるような風流な趣味もありません。

 

しかし、こんなふうに思ったクリスティも、結婚後はミステリーの女王となり小説を量産することになるのですから、わからないものです。

 

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 3月下旬からは桜が咲くので、クリスティさながら「花を咲かせているかどうか見てみる」だけで1か月ぐらいは退屈せずに済みそうです。

 

クリスティの自伝からはさまざまな教訓を得ました。最も心を動かされたのは、二番目の夫を射止めたこのエピソードです。

 

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時間ができたら、クリスティの自伝など印象深かった本を再読する予定です。