翡翠輝子の招福日記

フリーランスで女性誌の原稿書き(主に東洋占術と開運記事)を担当し、リタイア生活へ移行中。2023年8月下旬からスペイン巡礼へ。ウラナイ8で活動しています。日本文芸社より『基礎からわかる易の完全独習』刊行。

教室は不思議のダンジョン

日本語学校のある日の作文クラス。

20代のカナダ人学生。社会人で、長期休暇で来日したとのこと。

「ゲームが好き」というので「日本のゲームの『ファイナルファンタジー』や『ドラゴンクエスト』を知っていますか」と聞いてみました。

 

彼はにっこり笑ってこう答えました。

「私はカナダのスクエアエニックスの社員です」

 

20代から30代にかけて、この二つのゲームを延々とやっていました。

スクエアとエニックスが合併した時は本当にびっくりしました。当時はビジネス記事も書いていて、取材にも行ったものです。海外進出を果たしたスクエアエニックスの社員に日本語を教える日が来ようとは…。

 

ゲームといえば思い出すのが、この夏に教えたホセ。こんな作文を書きました。

「私の一番最初の記憶は、父のひざの上で、父がニンテンドーゼルダをプレーするのを見ていたことです」

海外のオタク第二世代が日本語を学ぶ年齢になったんだと感慨深いものがありました。

bob0524.hatenablog.com

 ホセの夢はゲームプランナーになること。そのためにゲーム先進国である日本に留学しました。

「じゃあ、作文のテーマもゲームにしましょう。どんなゲームが好きか書いてください」とテーマを与えると、ホセは目を輝かせて書き始めました。

 

ホセが好きなゲームのタイプは「rougue」。

う…なんだろう。

私の授業では辞書としてスマホタブレットの使用も解禁しており、学生がカタカナ表記がわからずアルファベットで書いた言葉もその場で検索することにしています。

 

rougue(ローグ)とは、ダンジョン(迷宮)探索型のコンピュータRPG

ダンジョン…ということは、『トルネコの大冒険 不思議のダンジョン』もローグ? 

私が廃人になるほどやりこんだゲームです。

ダンジョンでモンスターと戦いゴールドを得て、アイテムを拾う。レベルアップしながら、地下へと降りていきますが、HPがゼロになるとゲームオーバー。せっかく集めたゴールドもアイテムもすべて失い、レベルも1に戻り再びダンジョンの1階から冒険を始めます。

 

いい武器や防具が手に入っても、ふとしたミスで命を落とすこともあれば、しょぼい武器と防具でも機転を利かせて生き残ったり。武器も防具も申し分なく、ミスもしないのに、パンが手に入らず飢え死にすることもあります。

 

トルネコの大冒険』のキャッチコピーは「1000回遊べるRPG」ですが、私は1000回以上やりこんだかも。 

トルネコの大冒険』は前世の記憶を持つ輪廻転生です。

何回も繰り返してさまざまな失敗(死)を繰り返したことで、経験値は高くなっています。

 

ホセにトルネコの話をすると、秋葉原の中古ゲーム屋を巡ってソフトを手に入れました。自宅にはスーパーファミコンがあるそうです。

「先生がそんなに好きなゲームなら、僕も絶対やってみる」とホセ。

卒業時には「先生は私に日本語のスキルを与えたマスターです」とイラスト入りの感謝状をもらいました。

 

トルネコ中毒にになっていた時期、こんなことやってていいのかと落ち込んだものですが、20数年を経て、外国人学生との強い絆が生まれるきっかけになるとは。

 

私が教えている作文クラスは、まさにダンジョンのようなもの。

せっかく育てた学生も時期が来れば卒業していきます。そしてまたレベル1の学生が入ってきて、自分の名前をカタカナで書くことから始めます。一方で、母国の大学で日本文学を専攻していて、いきなり源氏物語について書き始める学生もいます。

 

同じことを繰り返しているようでいて、さまざまなタイプの学生と接することで経験値を得て、教師としての私のレベルは少しずつ上がっているはずです。

 

引退して高齢者施設に入ったら、日がな一日トルネコで遊ぶつもりです。

認知症になってもトルネコだけは、うまく遊べるような気がします。  

 

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 高知の室戸岬空海が修行した洞窟、御厨人窟(みくろど)。

ダンジョンで悟りを得る人もいれば、迷いながらダンジョンを行ったり来たりする人生もあっていいと思います。

自由に殺されないように

この人生での永遠のテーマ。

なぜ、現状で満足できないのか。承認を求めるのか。

 

欲が深いからなんでしょう。自分が求められていない状態には耐えられず、無謀なチャレンジをしては神経をすり減らしています。

消耗するとわかっていて、何かをせずにいられないのはなぜか。

それは「自由は人を殺す」からです。

 

坂爪圭吾さんのブログ。

ibaya.hatenablog.com

多分、これから人類は『壮絶な暇とのバトル』に突入する予感がする。暇な時間は自由を運ぶが、惰性も運ぶ。暇だから熱中できる『何か』を見つけるひともいれば、暇だからテレビを見過ぎたり食べ過ぎたり過去や未来にとらわれてダメになる【自由に殺されてしまう】ひとも(おそらく)大量に出てくるような気がする。 

たしかに。

私は暇をつぶすのが最も苦手なことの一つです。常に何か意味をあることをしようとします。それでいて、ネットをだらだら見たり、アルコールを飲んだり。かなりの時間を無駄にしています。

 

スポーツクラブのスタジオレッスンに週5回通っています。サボらないための秘訣は、スポーツクラブから帰ったら次のレッスンのウエアと着替えをバッグに入れておくこと。そしてレッスン開始時間から逆算して家を出る時間の5分前にタイマーでボブ・ディランの「ライク・ア・ローリング・ストーン」を鳴らすこと。「How does it feel? 」とディラン先生に煽られると、行かないわけにはいきません。

 

平日の昼間、スポーツクラブに多いのは、専業主婦で子供を育て上げた50代以上の女性たち。先日、誘われて飲みに行ったところ、こんなことを言われました。

「あなたはいつもレッスンが終わったら、一目散に帰るでしょう。だからなかなか声をかけられなくて…」

そういえば、奥様たちはシャワーを浴びて着替えが終わった後も、ラウンジでなにやら話し込んでいたりします。締め切りや授業準備に追い立てられている私はさっさと帰るしかありません。

新しい仕事(日本語教師)を始めた、と告げると「すごいわね~」と驚かれました。

「結婚以来、仕事なんてしたことがない」「パートだって、年齢制限があるしね」と自嘲気味に語る奥様たちですが、しょっちゅう旅行に行ったり、おいしいものを食べて優雅に楽しんでいるご様子。専業主婦の妻をスポーツクラブに通わせることができる経済力のある夫を持っている勝ち組でしょう。

 

うらやましいけれど、私には無理な人生だっただろうと思います。

ありあまる自由を与えられて、私は死んでいたでしょう。

 

そのあたりのことは、ここにも書きましたが、ぐるぐる同じところを回りながら毎日を送っています。

bob0524.hatenablog.com

 

 

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 古湊鉄道・養老渓谷の駅猫。2匹が引退して、残された猫が駅猫の重責を果たしています。といっても、仕事の大半は指定の場所で寝ることのようです。

一日の大半を寝て過ごせば、思い悩むこともなくなるのでしょうか。

 

 

下関で金子みすゞと田中絹代を思う

JALの「どこかにマイル」でたまたま北九州に行くことになり、思い出に残る旅ができました。

 

一泊目の下関をすっかり気に入りました。本州の果てであり、九州はすぐそこ。韓国も身近です。海の幸もおいしいし、しばらく暮らしたいと思うほどでした。

 

そして、下関は日本の文学と映画史上に残る二人の女性のゆかりの地です。

 

金子みすゞ田中絹代

金子みすゞは「みんなちがってみんないい」というフレーズが有名な「わたしとことりとすずと」を書いた詩人。この詩は、日本語学校の作文の教材に時々使っていますし、学生に「私のクラスのポリシーだ」と説明することもあります。

 

下関の唐津には、金子みすゞの詩碑が点在しています。 

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「日の光」に登場する、おてんと様のお使いは4人。

「明るさを地にまく」「お花を咲かせる」「清いたましいの、のぼる戻り橋をかける」という3人。残りの1人は「影をつくる」。

 

光るあるところ必ず影があるし、影がないと光もない。

 

金子みすゞが生み出した珠玉の詩の数々と、26歳で自死を選んだ悲劇のコントラストを示しているかのようです。どんなに才能があっても、結婚相手を間違えると、とんでもないことになる。時代が違えば、やり直せる道もあっただろうに。

 

そして、田中絹代も下関出身です。

1903年生まれの金子みすゞに対し、田中絹代は6歳下の1909年生まれ。200本以上の映画に出演し、6本の映画も監督しています。

 

男女差別や家制度により押しつぶされてしまった金子みすゞと違い、田中絹代は「私は映画と結婚した」と男には目もくれず、好きなように人生を切り拓いていったように見えますが、田中絹代にも自殺を考えるほど落ち込んだ時期があったようです。

1949年に日米親善大使としてアメリカに渡った田中絹代。出発時は和服姿だったのに、帰国時はアフタヌーンドレスに毛皮のコート、緑のサングラス。詰めかけた報道陣への第一声は「ハロー」。アメリカかぶれの女優として猛烈なバッシングを受けることになりました。その後出演した映画では「老醜」とまで酷評されています。

 

その後、立ち直り、母親役や脇役で好演しました。

私が印象に残っっているのは小津安二郎監督の『彼岸花』の母親役。 娘の結婚で夫と娘の板挟みになりつつ、戦時中の思い出を語るシーンです。

親子4人で防空壕に逃げて、家族のつながりをしみじみと感じた。戦争中は大変だったけれど、あの頃は幸せだったかもしれないと回想します。最愛の娘が嫁ぐ前夜ですから、そんな風にも思うのでしょう。

 

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画面の手前に置かれている赤いヤカン。

彼岸花』は小津の最初のカラー作品です。赤の発色のよさからドイツのカラーフィルムを選んだ小津は、色彩調整のため赤いヤカンを小道具に使いました。

小津に薫陶されたフィンランドアキ・カウリスマキ監督は映画の道に入ることを「赤いヤカンを探すことにしました」と表現しています。

 


Aki Kaurismaki on Ozu

 

旅は出発する前も楽しいし、帰ってきてからも楽しい。下関を回想しながらも、次はどこへ行こうかと考えています。

 

水曜日はサウナで「ととのう」

ぬるめの温泉が好き。日本で一番気に入っている温泉は島根県の小屋原温泉です。

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ぬるいお湯につかって、皮膚とお湯の境界線がわからないくらい長湯します。

 

サウナはあまり好みじゃありませんでしたが、phaさんのサウナ体験を読んで、もしかしたらとてもいいものなのかもしれないと思いました。

 

ひきこもらない (幻冬舎単行本)

ひきこもらない (幻冬舎単行本)

 

水風呂に入ると、サウナで朦朧としていた意識が急激にパキッとした感じになった。視界が一気にクリアになるのがわかる。この感覚はちょっと面白い。

この冷たさも皮膚にとっては良い娯楽だろう。

 

サウナで「ととのう」ためには、水風呂が不可欠のようです。

そういえば、西式健康法の一日体験入院でも温冷浴は水風呂でしめるように指導されました。

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週5~6回通っている近所のスポーツクラブにサウナがあります。

でも、水風呂がないのが致命的。冷たいシャワーでは体の芯まで冷やすことはむずかしいし、水の無駄使いです。

 

スポーツクラブの休館日は水曜日。

そして、私は月曜日から水曜日まで日本語学校で教えています。日曜日の夜は「明日から学校か…」と憂鬱になり、水曜日の午後、授業が終わると心底うれしくなります。

 

そこで水曜日をサウナで「ととのう」日としました。

学校のある渋谷から自宅までの帰り道、サウナに入れるところがけっこうあります。

新宿のテルマー湯に大久保の韓国式サウナ、そしてサウナのある銭湯。

 

サウナに入ると「暑い」、水風呂に入ると「冷たい」という感覚だけに支配されて、授業での数々の失敗や相性の悪い学生、同僚の先生からの嫌味など、どうでもよくなってきます。

そしてサウナと水風呂のセットを繰り返しているうちに、「とにかく今週は終わった、来週も続けよう」という気になってきます。ポジティブシンキングというわけではなく、「世の中いろいろあるのが当たり前」という開き直りの心境です。

 

そういえば、私がこの数年ハマっているフィンランドはサウナ大国です。

カウチサーフィンで泊めてもらったヘルシンキの家庭やタンペレ郊外の別荘にもサウナが完備されていました。

別荘は湖のほとりにあり、おとなりは100メートル以上先。サウナから出たら真っ裸で湖で泳ぎます。

 

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 アンネのボーイフレンドのお父さん。別荘には船着き場もあり、湖で採った魚はそのまま焼いたり、燻製にすることもあります。

 

外国人は温泉や銭湯で裸になりたがらないことが多いのですが、フィンランド人なら大丈夫です。

そのフィンランド人が日本のサウナで心底驚くのは、テレビがあることです。

彼らにとってサウナは神聖な場所だからです。

 

せっかくのサウナなのに、聞きたくもないテレビの音声を聞かされるのは苦痛ですが、サウナと水風呂のセットを繰り返していると、「そんなことどうでもいいか」という気になってきます。そして、水風呂の静寂がありがたくなります。

 

「サウナでととのう」はネットでかなり話題になっているはずなのに、ほとんどの人は水風呂にさっとつかって出る程度で、私のように数分間入っている人はあまりありません。

水風呂の冷たさに驚いて、微動だにせず肩まで入っている私に「あなた、大丈夫?」と声をかけてくれた人もいました。

そんなことも含めて、週に一回のサウナと水風呂は雑念をリセットするいい機会です。

 

答え合わせの人生はつまらない

北九州の旅があまりにも楽しかったので、延々と思い出を反芻しています。

 

小倉に泊まるきっかけを作ってくださったkeisukeさんから「観光ガイドを見て、そのアドバイスのとおりに、同じものを見て同じものを食べる。たぶん、そういう答え合わせのような旅はつまらない」というコメントをいただきました。

 

同じようなことを、我が家に滞在したカウチサーファーのユハナ君も言っていました。

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答え合わせはつまらない。そもそも答えは一つだけじゃないし。

 

日本語学校で教えていると、課題を出して答え合わせという授業もあるのですが、単に正解を告げるだけでは学生から「つまらない」というクレームが来ます。単なる答え合わせなら、一人で問題集やオンライン学習をやるのと同じですから。

学生がどこでまちがったか、そして問題と答えから話を広げて学生の知識を増やすのが優秀な教師です。その域まで達するのはむずかしく、試行錯誤の日々を送っています。

 

教室の中では一応、答えがあります。

でも人生には明確な答えがありません。

占い鑑定をやっていた頃は、お客さんに対して答えを示さなくてはいけなかったのですが、人生は一度きりで過去にさかのぼってやり直すことができず、答え合わせはできません。

それに、占い師に言われた通りの選択をして答えが当たっていたとしても、それで満足できるものでしょうか。多少、痛い目にあっても、自分が選んだ道から最大限の学びを得るほうが、刺激的でおもしろい人生ではないでしょうか。

 

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北九州のスペースワールドは今年12月で閉園。始まりがあれば終わりもありますが、そのタイミングがわからず右往左往するのも人生のおもしろさなんでしょう。