翡翠輝子の招福日記

フリーランスで女性誌の原稿書き(主に東洋占術と開運記事)を担当し、リタイア生活へ移行中。2023年8月下旬からスペイン巡礼へ。ウラナイ8で活動しています。日本文芸社より『基礎からわかる易の完全独習』刊行。

たった1回の腕立て伏せから始める

たいした仕事はしていないのに、何かに追い立てられているような日々。さっさと片付ければいいのに、つい先延ばしする癖があるからです。

 

これは週刊誌の原稿を書いていた職業病の一種です。早めに原稿を書いても、大きな事件が起きるとテーマが変わったりページ割が変更されて文字数がぐっと減ることがあります。だったらぎりぎりまで待って一気に書き上げたほうが臨場感のある原稿になるのではないか。書き直しの無駄なエネルギーも使わないし。

 

今はそんなに切羽詰まった仕事もしていないのだから、流されてばかりではなく、何か蓄積したい。

大変だ大変だと騒いでいるけれど、本気を出せばすぐにできる仕事をだらだら先延ばししているだけです。

対策のために自己啓発系の本をあれこれ読んでみて、実践できそうだったのがこの本です。

小さな習慣

小さな習慣

 

 なにしろタイトルが『小さな習慣』。

いきなり大それた目標(30分のエクササイズ)を立てて挫折するのではなく、小さすぎて失敗すらできない、ちょっとしたポジティブな行動(腕立て伏せ1回)から始めるのです。

モチベーションに頼るのではなく、とにかく習慣化すること。たった1回の腕立て伏せなら、サボる気も起きません。

 

私は易の勉強に応用してみました。

易経64卦、それぞれの卦に6つの爻(こう)があります。64の卦辞に384の爻辞。これを毎日少しずつ学ぶことにしたのです。

卦辞は1日1つ。64日で64卦が復習します。爻辞6つはちょっと負担が大きいし、1爻だけでは短いので1日3爻、2日で1卦としました。

2つの占い学校で周易の講座を一通り受け、湯島聖堂でも学びました。

易を学んだことは、東洋占術の開運原稿の執筆に大きな助けとなりました。手を変え品を変え、延々と開運記事を書き続けていられるのも、易の知識があるからこそです。森羅万象が6つの陰陽の組合せで語られるのですから、あらゆるヒントが詰まっています。欧米ではストーリー展開を易経にゆだねる小説家もいると聞きましたが、読むたび新たな発見があります。

 

「小さな習慣」は複数にしてもOKです。

筆者のスティーヴン・ガイズ氏も、何でもいいから毎日50ワードの文章を書く、そして毎日2ページ以上の本を読む、週に3回ジムに通う(腕立て伏せ1回チャレンジから発展したもの)の3つを実践しています。

 

そこで私は、易に加えてマンガを使って日本語を解説している洋書を1日1ページずつ読むことにしました。

 

Japanese The Manga Way: An Illustrated Guide To Grammar And Structure

Japanese The Manga Way: An Illustrated Guide To Grammar And Structure

 

 本来なら一気に読んで授業で活用したいところですが、300ページ近くあるので無理です。買ったまま積読にしておくより、1ページずつでも読み進めば1年もたたないうちに完読できます。

平易な英語だし興味のあるテーマなので、1ページ以上読みたいと思うことが多いのですが、今は1ページのみ。習慣として完全に定着したところで、余裕があれば2ページに増やします。

 

ぱっとしない一日でも、とにかくこの2つをやっただけで、ま、いいかという気になります。余力があるのでもっと習慣を加えることもできそうですが「もっとやってもいい」と思えるレベルでしっかり定着させることが成功のコツ。欲張らずにとりあえずはこの2つの小さな習慣を続けてみることにします。

 

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 沖縄・恩納村のリゾートビーチの灯台。小さな習慣は毎日の生活の針路を示す灯台のようなものです。

 

「金持ちけんかせず」を学生から学ぶ

副業の日本語教師の仕事では、失敗ばかりしてきました。

いくつになっても失敗から学ぶことで成長できるはずなのですが、次々と新たな失敗をしています。

 

先日、はげしく自責の念に駆られたのがアニメミュージアムの件。

 

アニメ好きの学生二人に「荻窪にアニメミュージアムがあります」と教えると、「今日これから行く!」と元気な反応。「渋谷から山手線で新宿に出て、中央線か総武線で荻窪へ…」と行き方を説明し、「迷ったら日本人に聞きなさい」と行先を日本語で書いたメモも渡しました。

 

次のクラスで「どうだった?」と聞くと「閉まっていた」とのこと。

ガーン! そういえば月曜日でした。

ああ、私はなんてうっかりしているのでしょう。美術館や博物館は月曜日が休みなのに。

 

外国人の彼らが苦労して電車を乗り継いで、駅からけっこう遠い道のりを歩いてやっとたどりついたら閉館だったなんて。どんなにがっかりしたことでしょう。

 

「ごめんなさい、本当にごめんなさい」と謝る私に彼らは寛大でした。

ヨーロッパや南米から子どもを日本留学に送り出すような寛大な家庭に育った学生たち。育ちがいいというのはどういうことか、学生の態度から感じることがあるのですが、今回の彼らの対応もパーフェクトでした。

私を責めることはなく、反対に「そんなに気にしないで」と私をなぐさめてくれました。

お金持ちは無用のトラブルを避け、ささいなことで騒ぎ立ててクレームをつけるのは貧乏人と言われますが、まさにそう。

 

これから学生に何かを勧めるときはしっかり下調べをしておくこと。

そして、人のミスには寛大になること。

学校で教えているはずなんですが、学んでいるのは私のほうです。

 

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この世界の片隅に』を観て、呉に行きました。

アニメや漫画にはたしかに人を動かす力があります。アニメや漫画に惹かれて日本語を勉強し始めたという学生にできるだけ寄り添った授業をしたいものです。 

リスクがゼロの人生なんてない

フィンランドから短期留学にやってきたトーマス君が無事帰国しました。

ホストファミリーとして3週間預かったわけですが、帰国の日は寂しさとともに大きな安堵を感じます。

 

ホストファミリーによっては、門限を決めているところもあるそうですが、私は鍵を渡して帰宅時間は自由にしました。彼にとってあこがれの国である日本で目一杯楽しんでほしいから。

学校のアクティビティーでディズニーシーに行った日は現地解散となり、帰宅は11時近くになりました。遅くなるときはショートメールで連絡が入ってきます。

日本は安全な国だから、それほど心配することはないといっても、リスクはゼロではありません。

一番恐れたのは、地震です。万一、トーマス君だけが亡くなって自分が生き残ったら、トーマス君のご両親になんと説明すればいいのでしょう。

 

そんなことまで考えていると何もできなくなります。

ホストファミリーなら期間が限定されますが、子供を持つ人はなんて長期間にわたって大きなリスクを引き受けるのでしょう。怪我や病気を心配するだけでなく、社会に適応できるかどうかも心配しなくてはいけません。

親友の占い師の優春翠は、親子関係の相談を受けることが多かったのですが、こんなことを言っていました。

「人生のほとんどの悩みは、子供を持つことで生じる」

 

結婚はしたものの、子供を持たなかった私は、気楽な人生を送ってきました。日本の少子高齢化の責任の一端があると責められたら申し訳ないと謝るしかありませんが、子供を持った人は国のために親になったわけではないでしょう。

 

リスクを避けて、余計なことはなにもせずおだやかに暮らすのも一つの選択ですが、リスクを完全にゼロにすることはできません。

だったら、ある程度のリスクを覚悟して、やりたいことをやったほうがいいのでは。どうせ最後は死ぬんだし。人生の折り返し地点を過ぎてゴールが見えてくると、そんな大雑把な気分になってきました。

また機会があったら、留学生を預かってみます。

 

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ガキの使い』が大好きなトーマス君は、東京より大阪に行きたかったようです。近所の串カツ屋に連れて行き、「ソースの二度漬け禁止」を「大阪のストリクト・ルール」と説明しました。たこ焼きも注文。喜々としてたこ焼きを作っていました。

 

還暦(60歳)で姥捨て山 part2

これを書いたのが3年前。

bob0524.hatenablog.com

 

優春翠と計画した遠野行きは頓挫してしまいました。

それでも時間だけは確実に過ぎ、還暦(60歳)を徐々にリアルなものに感じるようになってきました。

 

世間の流れでは、「60歳で高齢者なんて名乗られたら困る。年金支給も65歳では早すぎる」となりつつあります。還暦過ぎても老骨に鞭打って働かされるのと、姥捨て山に置き去りにされるのと、どっちが高齢者にやさしい社会なのかわかりません。欲が深いくせに面倒くさがりの私は、60歳で強制的に引退という潔さにも惹かれます。

 

仕事量は減ったとはいえ、占いという専門分野を持ったことで、雑誌ライターの仕事はコンスタントに続いています。

それに加えて、副業の日本語教師。準備にやたらと時間がかかり、授業では失敗続き。辞めたいと思うことが多いのですが、とりあえず続けています。

スポーツクラブでのスタジオレッスンは、週5日。ズンバをいつまで続けられるのか不安なのですが、「行かないと気持ちが悪い」というレベルまで習慣化しています。

こうして書き出してみると、高齢者のイメージとはほど遠く、まだまだいけるんじゃないかと錯覚しがちですが、時間の経過とともに確実に老化は忍び寄ってきます。

 

この3週間はトーマス君のホームステイを受け入れてかなり消耗しました。特別なことはしなかったのですが、朝は毎日6時起き。夜型人間の私にはけっこう大変でした。

それでも、複数の学生を相手にする日本語教師より、留学生のホストのほうが高齢者には向いているのかも。誰かを迎え入れることで家の中に新しい風が吹き、掃除モチベーションも上がります。今は年一度しか受け入れていませんが、外での仕事を辞めたら長期でホストファミリーになるのもいいかもしれません。

 

自分ではまだまだいけると思っていても、還暦が近くなると体力も知力も衰えます。

本来なら姥捨て山に行ってもおかしくない年齢だけど、下の世代の邪魔をしないように、自分のできる範囲で社会に貢献する。そんな気持ちで残りの人生を過ごしたいものです。

 

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昨年の晩夏に訪れた裏磐梯で乗った「森のくまさん」号。レトロなボンネットバスをメンテナンスしながら観光バスとして活用しています。

 

 

複数のわらじを履こう

 昨年の春から日本語教師の仕事を始めて1年3ヶ月が過ぎました。

四半世紀に及ぶ気ままなフリーランス稼業から、教師という職業への転身は無謀かもしれないと思ったのですが、日本語教師業界はかなり流動性が高く、1年も同じ学校に勤めていると中堅(!)になります。

 

非常勤講師が大半を占めるのも、需要が変動するから。

ここ数年は教師不足が続いていますが、2011年の東日本大震災直後は、留学生の帰国が相次ぎ、多くの日本人教師が職を失いました。2020年の東京オリンピックが終われば、留学生の数もかなり減るかもしれません。

ふつう教師というと勤続何十年というベテランが尊重されるものですが、そんな業界だったら私はすぐに逃げ出していたでしょう。

 

うまく授業を回すことができず、何度も投げ出したいと思いました。それでも続けられているのは、専業じゃないからです。授業に失敗して落ち込んでも、本業にも追われてあわただしく過ごしているうちに、あっという間に季節が巡り、気が付けば中堅となってしまったのです。

そして、日本語教師を続けるためには、授業のスキルと同じぐらい教師同士の人間関係も重要です。非常勤が多い職場ですから、教師が連携しないと立ち行かなくなります。対人スキルに乏しい私がなんとかやっていけたのも、ほぼ部外者のようなスタンスを貫いたから。

 

ヨーロッパの学校にいじめが少ないのは、授業は学校、スポーツは地域と分離しているからだと言われています。授業もクラブ活動も学校主体だと人間関係が固定して息が詰まります。

また、夫婦は共通の人間関係が少ないほうが円満だという説もあります。Facebookも夫婦でつながったりするとうっとうしくなります。

 

新卒で入った企業に定年まで勤めあげなくてはいけないと思うから過労死したりするのです。仕事先は複数確保しておくべき。フリーランスのライターで、編集部に囲われて「専属ライター」となる人もいたのですが、「せっかくフリーで働いているのに、なんて不自由な選択をするのだろう」と思ったものです。専属ライターになったら、興味のないテーマの記事も引き受けないといけないし、雑誌が休刊したらすべてを失います。

 

というわけで、確定申告では収入の内訳で10社ほどの出版社の支払調書を提出していたのですが、ここ数年の出版不況で、ライター業の収入は先細りしています。代わりに日本語学校からの給与所得が加わりました。なんとか複数のわらじを履きながら、段階的にリタイア生活へと逃げ切ることを目論んでいます。

 

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 複数の足を持つムカデのマーク。この不思議なビルは高知で見つけました。足袋の会社だそうです。